東京高等裁判所 昭和24年(新を)1065号 判決 1950年3月31日
被告人
佐藤勇
主文
原判決を破棄する。
被告人を無期懲役に処する。
押收物件中男物銘仙ドテラ一枚、地下足袋一足、カーキ色ズボン一着、黒毛布一枚、海軍戦鬪帽一個及び人絹白風呂敷一枚(昭和二十四年領第十二組の三、四の中の一足三、七乃至九)は青柳栄吉に、ゴム長靴一足(同領組の六)は岩野啓次、洋服生地三ヤール(同領組の二〇)は滝島はるよに夫々還付する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
弁護人原秀男名義の控訴趣意第一点について。
(イ) 原判決はその犯罪事実の部の第二の一、二、六、八のイ、ロ及び第三において窃盜及び強盜殺傷人の事実摘示と共に夫々「……方に忍び込み」と記述しその法令適用の部において刑法第二百三十五条及び同法第二百四十条と共に同法第百三十条を掲げているので原審が被告人の右他家に忍び込んだ事実を住居侵入罪として之につき判決したものであることは明らかである。しかるに所論起訴状及び追起訴状を見ると右各事実に対照する公訴事実としていずれも窃盜及び強盜殺傷人事実の摘示と共に右判示と同様に「……方に忍び込み」という記述が用いられているのであるが、之に関する罪名としては単に窃盜及び強盜殺傷人とのみ表示し又適条としても刑法第二百三十五条及び同法第二百四十条のみを掲げ、住居侵入又は同法第百三十条の記載は何もないこと所論の通りである。そこで、右他家に忍び込んだ事実は之について審判を求められたものであるかどうかを考えるのに、刑事訴訟法第二百五十六条が起訴状の要件を定めるに当つて罪名の記載をまとめ且その記載について罰条を示すことを要するものとした法意は之によつて審判の対果となる訴因の内容を明白にすると同時にその範囲を明確にしようとするものであることが明らかであるから、起訴状に記載せられた公訴事実は一応右罪名によつて明確にせられた範囲においてのみ審判の対象となるものと解すべきであつて罪名の表示を伴わない公訴事実中の記述についてはその遣脱であることの極めて明らかなものの外濫りに之を補足的に解釈してはならないものと謂わなければならない。従つて本件起訴状及び追起訴状の前記記載も亦前記罪名の範囲においてのみ審判の対象となるものと解すべきであつて、罪名の表示を伴わない他家に忍び込んだ旨の記述については之を明らかな罪名の遣脱と認めるべき何等の資料がないばかりでなくその是非は兎も角一般に此の種記述が起訴状中に情状として附加せられる事例の多い実情から見ても別に審判を求められていないものと解さなければならない。されば、原審が前記のように此の事実について住居侵入罪として判決したことは即ち審判の請求を受けない事件について判決をしたものであるから論旨は理由がある。
同第二点について。
(ロ) 検察官の嘱託による鑑定人が死体を解剖するに当つて裁判所の許可を要することは刑事訴訟法第二百二十五条により明らかであるが、斯かる手続の履践を証する書面等は必ずしも之を当該証拠の提出に当つて提出することを要しないものであるばかりでなく、仮りに所論のように本件解剖が裁判所の許可なくなされたものであつたとしても、元来刑事訴訟法第百六十八条の規定な当該強制処分の対象となる者の基本的人権の保護を完からしめる為設けられたものであるから、此の点に関する手続の違背はそれだけでは必ずしも証拠の証明力に影響があるわけではなく従つて之により直ちに当該証拠そのものを無効とすべきものではない。論旨は理由がない。